穴があったらこもりたい

安部公房『人間そっくり』感想

前にテレビで「地球は平面であることを証明する」と言って、
自作ロケットを打ち上げる活動をしている人を見ました。

普通、地球は丸いのは当たり前で、
スタジオでも笑いが起きていたと思いますが(うろ覚え)

でも大半の人は自分の目で、地球は丸いことを確認していないですよね?
メディアや本で見たり、人から教わったり。

もしもメディアや教えてくれる人が、全部ウソだったらどうでしょうか?
そんなわけないと思うけど、ウソじゃない証拠もないですよね…

あれ、何の話だったっけ?
そうそう、この本を読んで、そんなことを思いました。

 

今調べたら、ロケットの方亡くなってたんですね…ショック。
そして本当は地球平面説も信じていなかったと…そりゃそうか。なんかちょっと安心。

「地球平面説を証明する」として自家製ロケットに搭乗した男性がロケットの墜落事故で死亡 - GIGAZINE 

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mdherrenによるPixabayからの画像

 《こんにちは火星人》というラジオ番組の脚本家のところに、火星人と自称する男がやってくる。はたしてたんなる気違いなのか、それとも火星人そっくりの人間なのか、あるいは人間そっくりの火星人なのか? 火星の土地を斡旋したり、男をモデルにした小説を書けとすすめたり、変転する男の弁舌にふりまわされ、脚本家はしだいに自分が何かわからなくなってゆく……。異色のSF長編。
Amazon商品ページ内容紹介より)

内容

自称火星人のセールスマンと、ラジオ番組の脚本家がひたすら会話する。
それがこの本の内容です。ほんとに。それだけ。

ずーっと脚本家の家…というか書斎が舞台で、外に出るのは数ページだけ。

それなのに、めちゃくちゃ頭も心も乱されます。
大した事件も、どんでん返しもないのに、会話だけでここまで混乱させられるとは…

安部公房すごいね…箱男同様、完全には理解できませんでした。無念。でも面白い。

 

l84blog.hatenablog.com

 

自称火星人 

この小説でなんといっても強烈なのが、自称火星人の男。とてつもなく胡散臭い。

流暢すぎる喋りに、落ち込んだ次の瞬間、機嫌が良くなったりと、
かなり掴めない人物(人物?)です。

そんな変人を何故追い出さないのかというと、彼の奥さんから、
「主人は精神病で、暴れだすと警察を呼んでも手におえないぐらいなので、
私が迎えに行くまで、話だけ聞いてやってください」
…的なことを電話で言われたからです。脚本家さん、かわいそう。

しかもこの男、喋りが得意なだけでなく、人を苛立たせるのも得意で、
おまけにナイフを扱うのも得意です。
脚本家さん、かわいそう。

 

でも私はこういう奇怪?なキャラクター、わりと好きだなぁと思いました。
怖いし腹立つとは思うけど…

バットマンのジョーカーと、笑ゥせぇるすまんの喪黒福造を合わせて、
さらにそこに気弱な感じを追加したような…うん、よくわからんね。

キャラクターとしては好きだけど、絶対に会いたくない人(人?)です。

 

そうそう、この自称火星人もだけど、個人的に好きな登場人物がもう一人。
脚本家の奥さんです。

自称火星人のペースに飲まれた脚本家を、何気ない一言で現実に戻したり、
饒舌に語る自称火星人を「煮物がこげているみたい」で一刀両断したり。

自称火星人を一瞬だけど怯ませる奥さん、面白かったです。

 

正気と狂気

最初のほうは、脚本家のファンのセールスマンが押し掛けてきたと思ったら、
自分は火星人ですだとか、火星の土地買いませんかとか、
先生の小説売りましょうとか、おかしなことばかり言い出して、
イライラさせられながらも、対応するという流れでしたが、
途中からいつのまにか、自分は地球人なのか、火星人なのか、
何が正気で何が狂気なのか、というような議論になっていきます。

自称火星人の男が言っていることは、全部でたらめの屁理屈だ!と思うのに、
どうやっても反論する言葉も証拠も出せず、男のペースに飲まれていきます。

そして、男の言うことも一理あるかもしれないとすら、思えてきてしまうのです。

 

大抵は本を読むときって、いくら熱中してのめりこんでも、
どこか客観的というか、他人事だと思うんです(当たり前だけど)

でもこの本を読んでいると、途中から他人事じゃなくなるというか、
こっちまで、今まで当たり前だったことを疑いだして、足元がぐらぐらしてきます。

 

まとめ

よく、「実は、現実も自分の体もなくて、脳だけ培養液に浸されて、
バーチャル映像を見せられている」なんて話は、映画やドラマや本で見るけど、
そういう話は本当にあるかもしれない……と思わされてしまう小説でした。

 

あきらかにおかしいと思うのに、何がおかしいのか言い返せないもどかしさ。
自分の信じてきた当たり前が、めちゃくちゃ脆いものかもしれないという不安感。
自称火星人の男に募るイライラ。(笑)
今までにない不思議な読後感を味わえます。

あと、安部公房の本では比較的読みやすいので、安部公房は好きだけど
難しくてなかなか読めん…っていう私みたいな人にもおすすめです。

 

あっでも、だいぶ混乱させられるので、読むときは体力のある日をおすすめします。