穴があったらこもりたい

奥田英朗『イン・ザ・プール』感想

この本の表紙なんですけどね、プールの底?に赤ちゃんがいる表紙なんですよ。
だから初めて本屋で見かけたときは、この怪しげな表紙を見て、
ミステリーかホラーかと思っちゃって、手に取らなかったんですよね…

全っ然違うのに。

人は見かけによらないと言いますが、本も見かけによりませんね。

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Stefan KuhnによるPixabayからの画像

 「いらっしゃーい」。伊良部総合病院地下にある神経科を訪ねた患者たちは、甲高い声に迎えられる。色白で太ったその精神科医の名は伊良部一郎。そしてそこで待ち受ける前代未聞の体験。プール依存症、陰茎強直症、妄想癖…訪れる人々も変だが、治療する医者のほうがもっと変。こいつは利口か、馬鹿か?名医か、ヤブ医者か。
(「BOOK」データベースより引用)

 内容

イン・ザ・プール」は3作ある「精神科医 伊良部シリーズ」の第1作で、
5話収録されている短編集です。

イン・ザ・プール」以外のシリーズも、1話完結の短編集で、
しかもとても読みやすく、空き時間や出先で読むのにちょうどいいです。

私は面白すぎて一気に読んでしまいましたが…

 

精神科医 伊良部一郎

何が面白いってやっぱり、伊良部先生が面白すぎます。
まず先生なのに、患者を治す気があるように見えません。
カウンセリングとか無駄とまで言っちゃう。

いやでも、精神科医だし、患者の話は聞くでしょと思いますが、

「つまりストレスなんてのは、人生についてまわるものであって、元来あるものをなくそうなんてのはむだな努力なの。それより別のことに目を向けた方がいいわけ」

「と言いますと……」ほう、何か策でもあるのかと思った。

「たとえば、繁華街でやくざを闇討ちして歩くとかね」
(本文より引用)

 …精神科医だし……

「で、わたしに、やくざを襲えと……」

「たとえばの話だよーん。あはは」伊良部は大口を開けて笑っている。「休暇をとって紛争地帯へ行くのだっていいし」
(本文より引用)

 うん、聞く気ないね!

 

さらに伊良部先生、注射フェチです。
診察室に入ったとたん、「さあ注射、いってみようかー」とか言います。

それで伊良部先生に続き、もう一人の魅力的な登場人物の、美人でめちゃ不愛想で、
おまけに露出の多いナース服の看護婦、マユミちゃんが注射する横で、
鼻息荒く、もう食い入るように見てるわけです。

やべえよ。

 

伊良部先生の良いところ

他にも太っててマザコンで…とか書いていくと悪いところばっかりになっちゃうので、
伊良部先生の良いところを書いていきます。

 

①ほんとは賢い?

子供っぽくて、人の話聞いてなくて、馴れ馴れしくて、
なんなら夜中のプールに勝手に侵入するような、めちゃくちゃな人だけど、
たまに確信めいたことを言ったり、患者を見てないようなのに、
一目見て症状がわかっていたり(わかったうえで治療のために黙っていたり)
実は名医?と感じるところがあり、そういうところにグッときます。
これがギャップ萌えというやつでしょうか。

(でも次の言動で、迷医に逆戻りする)

 

②だいたい患者治ってる

これが一番の良いところで、一番の謎です。
めちゃくちゃ言うのに、最後には絶対良い方向に進むんです。なぜか。
(たまに伊良部先生関係なく治ってるけど)

フィクションと言っちゃえばそうなんですが、もしかしたら、
患者にとっては、肩ひじ張らずに言い合える相手がいるだけで、
治療の一環になっているのかなぁとか思いました。

ケータイ中毒になってる患者にケータイ貸してもらって、自分もハマるような先生に
あきれる人はいても、緊張する人はいないですよね。

 

患者たち

伊良部先生のところに来る(もしくは回されてくる)人たちも、
あまり人には話せない、理解されないような、
なんなら、ほかの病院ではお手上げのような、そんな悩みを持った人たちです。

確かに現実では一見なさそうな悩みや症状ですが、よくよく読むと、
ありえなくはない、と思うんですね。

ケータイ依存の話なんかも、依存の程度は結構なもので現実味はあまりありませんが、
そもそもの原因は友達に見放されるのが怖いという、よくある恐怖だったりします。

心のどっかで、自分ももしかしたらこういうところあるかも…と思うから、
余計に面白いのかもしれないなぁと思いました。

 

まとめ

最後に私事で悪いのですが…
私は現在連絡を取り合ったり、遊んだりする友達が0人で、
だからといって悩んでいるわけじゃないけど、
これでいいのかなぁと漠然と思ったりしていたのですが、

伊良部先生とマユミちゃんが、友達いるか聞かれる場面があって、
二人ともしれっと「いないよ」と答えるんですよね。
マユミちゃんなんかは淋しいか聞かれて、即答で「淋しいよ」と答えます。
(一人のほうが、らくでいいらしい)

この場面でちょっとだけ楽になったんですよね。

とにかく人の目なんかまっったく気にしない伊良部先生と、
いつでもブレないマユミちゃんを見ていると、
少々の悩みは馬鹿馬鹿しくなりました。

もし人の目を気にして疲れたり、頭が固くなっちゃってる人がいれば、
この本はもしかしたら、良い処方箋になるかもしれません。

そうじゃない人も是非読んでほしいです。笑えるので。